サーフィン
  
お昼に待ち合わせたので「やぶ茂」で蕎麦を食べながらのインタビューでした。
その後、甘い物大好きなETのリクエストでDKでデザート食べてのプチデート(笑い)でした。
本当は、とっくにインタビュー終わっていたのですがETの諸事情によりアップが遅くなりました。(毎度の事ですがごめんなさい) 
  

柏崎 祐充 (かしわざき ゆみ)
  • 1970年2月17日生まれ
  • A型
  • 新宿育ち
  • ホームポイント=鵠沼
戦歴
オーストラリア ヌーサ サーフィンフェスティバル
2002年: 日本人初ファイナリスト
静波ロングボードクラシック
1997年: 優勝、 1998年春: 3位、 1998年秋: 3位、 1999年: 優勝
キャプテンサンタカップ
1996年: 3位、 1997年: 準優勝、 1998年: 準優勝
若大将カップ
1997年: 優勝、 1998年: 優勝、 1999年: 優勝
カイカップ
1996年メンズクラス: 優勝、 1996年レディースクラス: 優勝、  1998年メンズクラス: 準優勝、 1998年レディースクラス: 優勝
グレックノール
1998年: 3位
アマチュアロングボードクラシック
1999年: 優勝
スエヒロカップ
1999年: 優勝
ロキシーチャレンジ
1999年: 準優勝、 2001年: 準優勝
茅ヶ崎市長杯
2000年: 優勝
ロバートオーガストロングボードクラシック
2000年: 優勝
コロナカップ
2001年: 準優勝、 2002年: 優勝
NALU SURF MEET
2002年: 優勝
他多数
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青文字、ET
緑文字、柏崎

サーフィン始めたきっかけは?
サーフィンを始めたきっかけは高校時代に学校サボって江の島に遊びに来て
サーフィンしているところをみて友達がやりたいなーっと言い私もやってみようかなーと思い
その日に私は中古のショートボードを半年ローンで買ってしまいました(笑)。

何だよすぐに飛びついちゃったわけ・・・ユミの良いとこでもあり悪いとこでもあるよねー。熱すぎだぜ。
それに普段真面目なこと言ってるくせに高校バックレんなよー。


やりたいなーっと言った友達は始めず私1人で初めサーフィンライフが始まりました。
自分では運動神経良い方だと思っていたので出来ると思ったのにパドルすら出来ずに浮かんでいただけで
辛くてつまらないけど半年ローン組んじゃったから半年はやろうと心に決めボードロッカーを借りて当時は新宿より始発で通ってましたよ。ひたすら一人で練習し夕方4時50分の急行まで頑張って海に入っていました。
冬休みに(1/3)吉浜で初めて立ててガゼン面白くなり休みとなると鵠沼に足を運んだ。
その後、鵠沼に越してきて洋服屋さんに就職しその会社の先輩に今のグラッドの中野さんがいました。
サーフィン
良い人に出会えたよねー、あなたは人との出会いに恵まれてるよね。

就職したのと同時くらいに善家さんのところにお世話になりサーフカルチャーを学びその後、ご存知かと思いますがMOSSが火事になり、中野さんが今のグラッドを開店したのでグラッドでお世話になり中野さんのロングボードを借りてロングボードの面白さを発見し森井さんにボードをオーダーしてそのボードでマーボーロイヤルの大会に初めて参加して3位入賞なちゃっていろんな物もらえたからコンテストにはまってしまいました。(この時から極貧だったので物もらえてうれしかった。笑い)
その後、中野さんもコンテストに良く出るので中野さんにくっついて歩き10年位勝てるようになってコンテストが面白くなっていた。
そして、レイグリーブというサーファーを知りその人の乗っていたマクタビッシュにどうしても乗りたくなったけど当時まだマクタビッシュが日本に入ってくるか来ないかの時だったのでマクタビッシュに乗りたい!!って自分からオーストラリアのマクタビッシュに電話しライダーにしてと頼み何とOKが出て1本貰ってまた勝ちだしました。(板が合っていたのだと思います。)

無鉄砲というか、凄いテンションだよねー!! ライダーにしてくれってオーストラリアに電話しちゃうなんて凄いエネルギーだよね。でもって、OKでちゃうところも運命、巡り合いってやつだよね。

そのマクタビッシュからヌーサのコンテストに呼ばれ何年か通うようになり今のリトルフィッシュを立ち上げました。
その頃から頭が痛く体重も8kgも落ち病院に行きました。
ヌーサに通い2年目で帰国し脳腫瘍で緊急手術、日本人初のファイナリストとなりその時の2位の人がトロフィーをくれて「来年これを返しに来てね」と言いトロフィーを預かった。ヌーサには通っていたが右手三半規管が悪くなりコンペティターをやめ介護の仕事をしていたが仕事がなく俺'(ET)と知り合いリトルベアーサーフィンスクールを立ち上げた。

スクールを始める際に、ショップがなかった訳だからネットのみのスクール展開するしかなかったのでどうすればスクールとしてやっていけるか相談されたんだけど俺は反対したよねー!!だって、生徒さん来なくて路頭に迷わせたら俺も責任感じちゃうもん。就職しろって散々言ったんだけど結局押し切られちゃったよねー。結果、良い方向に向いてくれたから良かったけどね。
サーフィン
ボードは河村正美さん(マミサン)にお願いし自分にマミサンのボードが合っていてお世話になるようになりました、マミサン感謝です。
その後、リトルフィッシュに名前を統一しサーフィンする女の子達にアドバイスするライフワークを築けた。

サーフィンをする人たちにアドバイスは?

サーフィンは個人でやるスポーツと思われがちだが1つの波をシェアするのを忘れないでほしい。
そうなんだよねー、せこいガッツキ伯父さん、ガッツキ兄さんに言ってあげて言ってあげて・・・
これからの若い世代の人たちに対して?
全てに対して「おかげ様、ありがとう」を忘れないでいて欲しい。「先人の話は聞くもんだ」そして、「継続は力なり」
そう我が家の家訓も「継続は力なり」だよー。
これからの柏崎ゆみは?
どーなるんだろー、スクールはやめたくないし介護も好き、両立したい。
人と関わっていきたい。でもさー、ババーになったらそんなの分かんないよー。でも、サーフィンはしてるよー。
そりゃーわかんねーわな、俺もすでにジジーだけどのんびりやっていくよ。

現在、リトルフィッシュは何人位いるの?

日本全国にメンバーいるから把握できないけど50〜60人はいるかなー?
私も入りたいって人はどうすればいいのかな?
私に連絡ください。ウェット、ボードはどこのでもOKです。
サーフィン
スクールではブラインドサーフィンに力を入れているようですがどんな感じですか?
最初は声で誘導して押してテイクオフしていたけれど今は誘導だけでテイクオフ出来るように成長してきました。
今後は横でパドルして並走しながら自力でテイクオフできるようにしていく目標です。
そして、このブラインドサーフィンは私一人の力では決してできない!!ローカルの方々のエリア提供やリトルフィッシュのメンバーの協力なしではなし得ないものです。多くの方々に感謝してます。

そして、リトルフィッシュサーフィンスクールはアットホームな初心者からコンペティターまで幅広いスクールをしております。
スクールでは女性のみのスクールと思われがちですが男性もお気軽に来てほしいです。

スクールはとても親切丁寧かつルールからしっかりと教えてくれるし前文にもありましたが私(E.
T)も立ち上げ時に少しお手伝いしておりますのでお勧めです。ぜひ、下記よりアクセスしてみてください。
最後に、ユミ、お互い傷をなめあいながら笑顔で長生きしようなー。

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メンバー皆で使っている <<Little Fish Room>>
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柏崎 祐充さんのご好意により写真等をご提供いただきましたので写真等の転載は絶対にしないで下さい。
kugenuma.net配信2011年月25日